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[0163] 2002 年 07 月 14 日 曜日
いがじゃば/拡張

【未明】いがじゃば。【午前】睡眠。【午後】駅前散歩。タウンページ交換。みかかの対応は非常によい。新聞拡張員の応対で疲れる。憤ってしばらくふてくされる。遅くなってからいがじゃば。

 夜中にいがじゃばをやる日々が続く。
 
 昨夜の作業で、前々日に挙げた「あとやんないといけないこと」のうち、「(1)『オールクリア』の実装」と「(2)誤認識をやらかした後にそれを手動で修正するためのところ」を作り上げました。あとは(3)の「認識した文字から数式の構造を解釈して、その結果をLaTeXの形式で出力する」というところをやんないといけないのです。しかし、一日で(1)と(2)ができたことから、おそらく水曜までには(3)のほうもうまく実装できるのではないか、と考えています。
 問題はもう片方の今井研のほう。こっちのほうは力業で素因数分解をやっているにすぎず、新しいトピックを提供できそうにない。うむ、困った。

 以下は少々堅い話をしたいので、「である」体で書くことを断っておきます。

 きょうは来客の多い日であった。わたしは田舎ものなので、チャイムが鳴ると相手を確認せずに出てしまう。きょうは訪問客の中で一番「うざくらしい」相手、新聞拡張員の相手をすることとなった。

 そもそも新聞というのは内容がどうだとか、価格がどうだとか、そういう観点から選択するべきものである。読者を引きつける内容を提供できない新聞は、淘汰されて当たり前である。それが資本主義である。
 ところが現実はどうであろうか?こんにち家に勧誘にくる人たちは、新聞の内容よりも、洗剤をいくつつけられるか、ビール券を何枚つけられるか、はたまた野球観戦のチケットをつけますよ、といったことでしか勝負してこない。そんなに内容に自信がないのであろうか?勧誘する側がその新聞を読んでいないのでは?という印象も受ける。

 現在では、各社が web でコンテンツを無料で提供しているため、同じ事件に対して各新聞がどのように扱っているか、またどういう意見を持っているか容易に比較できる。以前は図書館でも行かない限り各紙の紙面の比較ができなかった。大きな進歩である。新聞社のサイトに限らずほかのところでも、記事の信頼度には若干疑念の余地が残るが、それでも有益な情報を入手することができる。対して、昔は新聞がほぼ唯一の情報源だったと言っても過言ではなかろう。
 すなわち、昔に比べて情報量が増大したのである。こういうときこそ洗剤なんかよりも情報の質の優劣でしのぎを削っていただきたいわけだが、現実はそうではなく、上のような「前近代的」な商売がまかり通っている。中には「ノルマが課せられて」とかいって、かなり脅迫めいた勧誘を行う輩もいる。

 わたしは、こんな商売をやっているようでは、そう遠くない将来に新聞がほかのメディアに追い越されてしまうのではないか、と危惧する。もちろん、新聞より本質的に優れたメディアがこれから登場して、新聞を凌駕してしまうかもしれない。ただ、今のままでは新聞側が自滅してしまうような気がしてならないのだ。繰り返すが新聞には内容で勝負してほしい。
 根元は宅配制度にあると思う。大新聞も宅配制度をやめて、駅やコンビニでのみ新聞を販売する方式に切り替えればどうか。実際、フランスは駅売りオンリーなのだそうだ。そうすれば読者は「お金を出して情報を得る」こととなる。逆に言えば価値のない情報ばかり掲載している新聞には金は舞い込まないようになるのだ。そうなれば、新聞社側もおまけの洗剤ではなく、内容で勝負せざるを得なくなるだろう。

 ところで、新聞に関する苦言を新聞の投書欄に投稿したら、採用・掲載されることってあるのだろうか?今までそのような意見が掲載されたという話は聞いたことがない。
 行政や政治、司法、はたまた民間業者のことは重箱の隅をつつくところまで追求するのに自分のことについては「臭いものにはふた」なのだろうか?新聞にはよく悪質な訪問販売に関する記事はでてくるが、「悪質な新聞勧誘」に関する記事はでてきても、生ぬるい。
 ほかの商品の訪問販売よりも新聞の勧誘のほうが群を抜いて多く、いつも辟易しているのだが。大学生の一人暮らしだから、高価な商品の販売には来ないのかもしれないが、それにしてもいろんな新聞が入れ替わり立ち替わり一週間に何度も勧誘に来られては、うんざりしてしまう。新聞社は、この身近な「問題」にふれるつもりはないのか。被害を受けているのだが。

 最後に、全うな勧誘を行っている新聞勧誘員の方にはエールを送る、ということを書き添えておきたい。

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