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[0263] 2002 年 10 月 14 日 曜日
たび乞食

体育の日。鉄道の日。【午前】きのうの歩き疲れ+夜更かしが祟って寝坊。【午後】学校へ。医学系研究科の某研究室からアンケートの催促が来ていたのでメール。アンケートに回答。moririn 氏。川上さんの発表練習を聞く。地下。夕食。帰宅。夕食(2 回め)。お絵かき。きょうは小田急 1000 形を描く。

まいくること moririn 氏(以下 moririn 氏で統一)から「たび乞食」という言葉を聞きました。富山の言葉なんだそうですが、わたしは聞いたことがありません。わたしの不勉強なのか。それともただわたしのまわりでこの言葉を使う人がいなかったのか。はたまた呉東(富山県の真ん中に呉羽山(くれはやま)という山があって、山より東側を呉東(ごとう)、西側を呉西(ごせい)といいます。わたしは呉西の人間。)の言葉なのか。

さて、moririn 氏が「たび乞食」という言葉を知ったソースとなった本を貸してくれました。該当部分を引用してみましょう。

 富山には「たび乞食」という言葉がある。「たび」とはヨソという意味で、ヨソでは乞食のように振舞いましょう、という処世である。江戸以来、わざわざ農作業衣を着て、都会で薬を売り歩いた売薬の名残らしく、人々は必要以上に「何もない」と強調する傾向がある。

(高橋秀実『からくり民主主義』草思社)

「たび乞食」という言葉自体は知りませんでしたが、「たびのひと」=昔からの富山県人ではない人、という言葉を知っていたので、意味は大体つかむことができました。

この「たび乞食」という言葉から連想されたのが、先日ノーベル化学賞を受賞されることが決まった田中さん。田中さんが富山県出身である、ということは新聞で知りましたが、さまざまなメディア等で報じられた田中さんの一挙手一挙動を見るにつけ、嗚呼、富山県人だなあ、とはからずも納得してしまいました。また、テレビで田中さんの奥様の実家(だったと思うが違うかも)の玄関が放映されてましたが、その玄関の大きさに、嗚呼、富山の玄関だなあ、と思ってしまいました。

わたしも富山県人。まさにこの「たび乞食」思想を深く植えつけられている人間であります。自身思い当たるフシも少なくはありません。この「たび乞食」思想が将来わたしにとって正に作用するのか負に作用するかはわかりませんが、富山で生まれた人間として大事にしていきたいと考えています。

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