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[0360] 2003 年 01 月 18 日 曜日
今は昔、絵仏師良秀といふありけり

禁煙 14 日め。【午前】爆睡。【午後】睡眠。セミナー資料作成。夕食。散歩。
【朝食】−【昼食】遊園駅前の箱根そばで若布蕎麦。【夕食】赤飯。ほうれん草のおひたし。サラダ。

突然ですがイントロクイズ:ぱからっぱからっぱからっぱからっ……ひひーん。「暴れん坊将軍」ちゃちゃちゃーーちゃーちゃーちゃーちゃーひゅるひゅるひゅるひゅるひゅる。さて何の曲でしょうか。

絵仏師

緑茶飲みながら、高校時代の国語の S 先生を思い出してました。うちらの代は彼女のことを「絵仏師」とか「良秀」とか呼んでおりました。

原典は『宇治拾遺物語』の『絵仏師良秀』というお話です。わたしの高校で使っていた教科書では『絵仏師良秀』が一番初めに載っていて、高 1 の初回の授業で『絵仏師良秀』をやったわけです。担当は彼女。

「今日は教科書○ページ、『絵仏師良秀』をやりましょう」とまったりまったり始まった授業。ところが、「では、みんなで音読してみましょう」と、やおら彼女が宣言すると、えぶっしりょーしゅー。これもいまはむかし、えぶっしりょーしゅーいうありけり。ちゅー感じで、廊下に響かんばかりの声で、しかも朗読テープのような声で率先して読み上げていかれました。あれには、当局に肝をつぶされたようなショックを受けました。この衝撃的な「事件」以来、彼女は皆から上述のように呼ばれるようになりました。

それから幾星霜ののち (というほど大げさでもない)

ある冬の日の休み時間に所用で職員室に行きました。

職員室の扉をガラガラッと開けるとそこには嗽をする彼女が。彼女は緑茶で嗽をしていました。「山田くん、お茶で嗽をすると咽にいいのよ」と彼女はわたしに教えてくれました。なるほど、あの声を維持するためにここまでやっているのか、とまた肝をつぶされたような思いをしました。

卒業式のあと、廊下で彼女と写ったツーショット写真 (千尋が撮ってくれた)、どこにいったかなあ。

絵仏師その後

いくつか年下の代には、彼女は「検非違使」とか「忠明」とか呼ばれてるという話をどこかできいたことあります。

理由は同じ。教科書が変わっただけのことです。

8156 歩

きょうはご飯+買い物+散歩で二回家を出ただけであんまり歩いていません。東海道 は、川崎宿を過ぎて、現在川崎から神奈川に向けて 600 メートルほど進んだところ……らしいです。

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